ムラタ流の掘り下げ方。勉強の仕方。

研修生や同僚に聞かれた事。

『どうやってそんな知識を身につけたんですか?』
『オススメの本ありますか?』
『ムラタさんが良いって思うパン屋ありますか?』

何を見て、どんな勉強の仕方をしたのかを聞かれる事があります。

昨年末からはまっているカヌレの勉強を例に、
『こんな感じでムラタは失敗を繰り返し、身につくように努力しています』
と言うのを書いてみようと思います。

まずは作りたいと思うことから始める。

当然といえば当然なのですが。
そのものを作りたいと心の底から思う事。
この思う時に大事にしている事が。
今から始まるであろう数ヶ月に及ぶ試作と失敗と、焦りと苛立ちと、達成する喜びと、熟成する知識を認識した上でそのものに取り組む心の準備があるかと言う事。

これが大手食品メーカーになると、新商品開発を担当する方々や、マーケティングを見る方、パッケージングを見る方、いろんな方々の努力が詰まっているのですが

ムラタパンのような小さなパン屋であれば、日常業務をこなしつつ、並行して進める必要があります。誰だって嫌ですよね。日常の仕事でイッパイイッパイなのに、それにさらに負荷をかける事なんて。

それでも、挑戦したい、作りたい、完成させたいと思える事。
まずはこれがなければ、ムラタの場合には何も始まらないのです。
だから、『作りたいと思う』心の声に敏感になるように心がけています。

記憶を掘り起こす。

カヌレが食べたい。作りたい。
こう思えた時、今までの人生経験で口にしたカヌレをしっかりと思い浮かべます。
パン屋という職業柄、大概の場合、フランス修行時代に食べたものの記憶を掘り起こすのですが、
当然、日本で修行時代に作っていたもの、食べ歩きした時に口にしたもの、
現状で手に入る、他のケーキ屋さん等の食べ歩き。
どんな些細な記憶の断片でも良いから掘り起こします。

あの暑い夏、アンバリッドの細い道を入った所の黒を色調としたカヌレ専門店。
あの時、奥さんと散歩しながら口にした感覚。外の皮と中のバランス。

昔の同僚が作っていたのを食べさせてもらった時の、カラメル化した苦味と
煮詰まった甘みのバランス

三宮で買って、一口齧って、残りを袋に入れて、帰ってから食べた時の食感の違い。

手に持った時の重量感。

バニラの香り

ラム酒の香り

卵の香り

デンプンの舌に触る感覚

食べた時には漠然と思っている事を、具体的に掘り思い起こすのです。

実際に作ってみる。

今までの自分の経験をもとに、実際に作ってみます。
作る時は、昔のレシピを探してきたり、知人に教えてもらったり、ネットから引っ張ってきたり。

とりあえず、失敗ありきで作ってみるのです。

そもそもレシピを自分で持っている場合と、持っていない場合に大別されるのですが、

持っている場合、作った事がある場合、現状身の回りにある材料で結構適当に作ります。

持っていない場合、現状身の回りにある材料で結構適当に作ります。

とりあえず、作ってみるのです。

その時にムラタ的に注意している事が、

『一つ一つの素材のなぜ』
『一つ一つの工程のなぜ』

ここからが、一番面白い試作の始まりです。

カヌレの場合こう考えた。(材料編)

まずは材料。

牛乳
バター
バニラ

小麦粉
砂糖

卵黄
卵白

ラム酒

 

この材料の一つ一つの役割分担を考えます。

牛乳→固まって最終的に液体のものが個体になるメインの材料。
バター→風味、凝固作用のあるものに影響を及ぼす事
バニラ→風味

小麦粉→強力なのか薄力なのか、デンプン質の糊化作用を利用するだけなのか、グルテン質の食感に及ぼす影響を考えるのか、焼き始めで膨張してしまうのはグルテンのせいか、焼き固まるだけで良いのならデンプン粉で良いのでは、

砂糖→グラニュー糖が良いのか、上白がいいのか。砂糖の粒子が溶けている状態を作るのと
砂糖の粒子が溶けていない状態を作るのは品質的に違いが出るのか、砂糖の溶かし方は熱によるものか、時間によるものか

卵黄、卵白→この割合をどのように決めるのか、黄身の色は重要か、卵の水とは違ったベタッとした気泡性を使うのか、凝固する温度は重要なのか。

ラム酒→卵臭さを抑えるためのものなのか、ラム酒本来の味わいを楽しむためのものなのか?

カヌレの場合こう考えた(工程編)

牛乳を沸騰させるのには意味があるのか
牛乳の温度を55度〜60度に調整して混ぜるのには意味があるのか。
牛乳に砂糖を全体量の半分〜5分の3位を混ぜて沸騰させる意味はなんなのか
また、砂糖の全量を牛乳に入れず、小麦粉と混ぜる方法は有効か。

色々なところに存在する、酵素の失活を考えた工程を組む必要性があるか

砂糖を溶かす事、牛乳の加熱による変性とどう付き合うのか

卵黄、卵白の量はどのように決めるのか

混ぜる順番は卵が先か、小麦粉が先か

混ぜ方による変化はあるのか、

出来上がったアパレイユを一晩置く理由は

落としラップはしたほうがいいのか、する必要はないのか。

常温に戻してから型に入れて焼く事が重要なのか?

型に入れる直前に混ぜる器具はホイッパーか、ゴムベラか。

焼き始める時の温度を高く設定する方法と、一定の温度で焼く方法の違いは何か

型に塗るのは、バターがいいのか、蜜蝋がいいのか、離型材スプレーがいいのか

蜜蝋の塗り方は、刷毛塗りがいいのか、塗る時の型

は熱しておいたほうがいいのか

カヌレ型の素材は重要か。

カヌレ型の底面の円周と、上面の円周の開きの差の重要性

カヌレ型の底辺の窪みの形の重要性

検証とデータ取り、失敗と挫折感、束の間の喜びと、再転落。

材料のこと、工程のこと、これらを一つ一つ紐解いていきます。

毎日、毎日、毎日、毎日、本当に気持ちがブレてしまう自分が嫌になるくらい、日々条件を少しずつ変えて、データ取りをします。

そして、煮詰まる。

自分の持っている、知識量と感覚では到達できないと打ちのめされた時にする唯一の方法。

大先輩方に会いに行く。

今回カヌレ作りで本当に色々とアドバイスをいただいたのは

加古川のVIVA LA VIDAの末廣シェフ。
三宮のCHEZ CHILO 笹倉ご夫妻。

レシピを見せてくれたり
工程の説明をしてくれたり
カヌレに求める食感と色味を教えてくれたり
包み隠すことなく、全てを教えてくれる大先輩方。

一人では何も出来ないと言う事なのです。

井の中の蛙は狭い世界しか知らず、あるべき状況が何も見えないのです。

だから、本当に先輩方からの教えというのは宝なのです。
頭の中の氾濫する情報と失敗したという現実に溺死しそうになっているところに
救いの手を差し出してくれる先輩方はかけがえのない『お人』なのです。

理論と経験の狭間での完成。

形としては大体このラインまで来ると、『販売できる』くらいにはなるのです。

だけどそこには、なんの奥行きもなく、平面的な商品が一つ増えたという感じ。

求めるところはそこではなく、一つ一つのなぜが、完全に熟知できるようになるための『経験値が何年もかけて上塗りされる』時間。

四季の移り変わりに合わせた作り方。
前歯が入る時に感じる皮の厚み。
当日の美味しさと、翌日の美味しさの感覚。
さらに数年かかります。

ゆっくりと歩む事。
じっくりと身に着ける事。
変化を楽しむ事。

これがムラタ的な勉強の仕方なのだと思います。

結論

効率の良い学び方を求めないという事。
スタッフにも、後輩達にも、効率を求める事が多いムラタですが
効率が良いことだけがいいのではないのかもしれません。

学びたいと思う気持ちを挫折することなく、多くの情報源をもとに
整然と頭の中で整頓された状態で、少しずつ上塗りを重ねる経験と時間。

これが、ムラタ的な学ぶ方法の原点なのだと思います。